2016年6月15日水曜日

覚えているということ

「覚えているということ」


先日、証をしていてびっくり、あれ、証を忘れかけている。そこでちょっとここに書いておこうと思いました。・・・
あるお母さんが、一人のクリスチャンの所に来ました。
「娘の進学のことで相談したいのですが・・・」
そして、次の日、また来られました。「昨日はあなたに怒られることしちゃった。雷門にお参りにいったの」

その次の日の朝でした。元気だった娘さんが起きると、足が動かなくなっていたのです。
クリスチャンの方は、その娘さんのそばで毎週集会所を開かれたりして、を親身に接せられ、娘さんも教会に導かれます。しかし、娘さんはしばらくして教会から離れてしまいます。

それから、しばらくしたある時、お母さんから電話がかかってきました。「娘が脳溢血で倒れました。危ないので祈ってください」とのことでした。「わかりました」と電話を切られ祈られます。

しかし、祈ろうとしても・・・どうしても手が合わさらない・・・「これは、何かある」と思われ、娘さんの入院されていた病院に行かれます。主治医の先生に「どういったご関係の方ですか」と聞かれたので教会の者です、言ったら集中治療室に通してくれました。

娘さんを見て、びっくり!喉は切開され、体中からチューブが出ています。髪の毛はそり落とされ、紫色の血管が浮き出ていました。

「え~脳溢血ってこんなになるんですか?」と主治医の先生に聞くと、医師は意外そうに言いました。「この人は自殺図ったんですよ。一年分の精神薬をいっぺんに飲んだんです。

この人はもうだめでしょう。生きたとしても植物人間ですよ」

びっくりしたクリスチャンの方は、家に帰ると「お母さん知らないんだ」とお母さんに電話をかけられます。「お嬢さん、脳溢血じゃなくて自殺だったそうですよ」
するとお母さんから「あんた、なんで行ったんです!」と怒られてしまいます。
しかし落ち着いて「ごめんなさい。わたしは神様にうそは祈れないのです。脳溢血だったら、脳溢血です、と祈らなければならいないし、自殺なら自殺です、と祈らなければならないのです。ごめんなさいね」とおっしゃり電話を切られました。
少したって、またお母さんからまた電話がかかってきました。「さきほどはすみませんでした。娘がいよいよだめなので、どうか祈ってください」

そして、クリスチャンの方は祈り始められます。すると・・・体からどんどん熱が取られていきました。冬でもないのに、祈られたまま、電気毛布をかぶられます。ちょうど、その時そこに入ってきたのは僕・・・、今でもその姿は覚えています。

その時、病院では娘さんの血圧がさがり、「もうだめだ」と言っていたときでした・・・
ところがその血圧が急に上がり始めます。
そして、「死か、植物人間か」と言われていた娘さんは意識を回復するのです。
主治医の先生が思わずおっしゃったそうです。

「この病院始まって以来の奇跡だ」

そして、この娘さんが回復してしばらくして・・・
娘さんのお母さん、そしてお姉さんは洗礼を受け、イエス様を信じる群れに加えられました。

証は語っていないと・・・失ってしまいます・・・

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