2012年5月26日土曜日

安息日

「また神様は、礼拝に集まる人々が、神様の尊い守護と愛を深く感じて帰り、日常のどんな仕事も喜んですることができ、神様のお恵みによって、すべてのことを正直に忠実にすることができるようにと望んでおいでになります」

昨日の礼拝は、朝この証を読んで、祈り出発しました

安息日学校が、終わり、礼拝が終わりました

先週の礼拝には、まさに「時にかなって美しい」神様の御声の礼拝でしたが、

今週はそうでもありませんでした

午後、集会に出ました

そこで、証の話になりました

有名な広島に原子爆弾を落ちた時の証が出たとき、

ほとんどに人が、その証の事を「知らない・・・」と言われ詳しく話す事になりました



原子爆弾の怖さは、強烈な光、その光を見た者は失明・・・どころか

人の姿さえ一瞬で消し去ってしまうほどです

そして、その熱線・・・言葉では表現できないほど・・・です

そして爆風・・・ガラスの破片が弾丸のように飛び、人々の体に突き刺さっているのを

ご覧になられたそうです

そして放射線・・・・場合によってはすぐに人々の命を奪い、あるいは何十年にわたって人々を「原爆症」によって苦しめます



さて、あの原子爆弾が投下された194586

ちょうど爆心地に住んでいた一人のクリスチャンの看護師さん

その日は夜勤明けで帰ってきました。そして布団をかぶって寝てしまったのです

すると、「ピカッと光って、家がグラッと傾いた」のです。

何事が起きたか、と思って家を飛び出すと

その方の家だけが一軒だけ残されて、周りは四方八方焼け野原になっていたのでした

そして、あの地獄絵のような焼けただれた人々が歩いてくるのを見たのでした

その方は急いで救護所に駆け付け7日間、不眠不休で働かれました。



また、ある方はクリスチャンの奥さんは台所にいらっしゃり、まだイエス様を受け入れていらっしゃらなかった御主人は玄関にいらっしゃいました

そこに原子爆弾が落ちました

台所だけが・・・残ったのです

奥さんは、急いで玄関に走りました

御主人はがれきの下になっていました

奥さんは何とか御主人を助けようとされましたが、瓦礫が重く女手一人ではあげられませんでした

やがて、猛烈な炎が迫ってきました。

御主人が「逃げてくれ」と頼みました

しかし、奥さんは「あなたを捨てて逃げられない」と叫びました

すると、御主人が静かにおっしゃったそうです。

「今まで、悪かった。僕は今までイエス様を信じなかった・・

でも、今は信じている。だから、天国に行ったら会えるんだから・・・(疎開している)子供たちのために生きてくれ」

奥さんは泣く泣くその場所を離れたそうです

しかし、その後理髪店を開かれていたその方は、ずっとその時の光景に苦しまれていらしたそうです

しかし、彼女はその証をずっと語られたのでしょう

「天国に行ったら会えるんだから・・・」

一人でも多くの方々にそのことをお伝えになられたかったのかもしれません。



また、ある一家は・・・

家の御主人が祈っていると「ここから出て行きなさい」との神様の御声を聞きました

そして、家族に「神様がここから出て行きなさい、仰せになられたのでお父さんはここからでて行く」

お父さんは、医療器具の販売をされていたそうです

御家族はぶーぶー文句を言ったそうです。

「お父さん、商売がうまくいっているのに、どうしてここから出来ていくの!」

しかし、お父さんの決意は固く「いや、お父さんはここから出て行く」

家族は文句を言いながら、お父さんについて広島の街を出て行ったのです

一ヶ月後・・・原子爆弾が広島の町に投下されたのでした



当時の広島にいらしたSDAのクリスチャンの方々は全員助かり、それから放射線の原爆症にかかることなく数十年にわたって主イエス様の大きな御力について今もなお証し続けれておられます。



他にも数々のイエス様のくすしい証が語られました

すると年配のクリスチャンの方も次々に証をお語りになられました

御仕事も数々成功され、その業界でNO.1に毎年表彰され続けられたそうです

その成功の秘訣を聞いてみると・・・

いくつか原則を話されたのち・・・

「わたしの力にはそんな力はないですよ。聖書から力をもらったんだよ」

「どんな聖句ですか」

「小さいことに忠実な者は、大きな事にも忠実である・・」



恵まれた1日でした

夕方家に帰って

朝の祈りに、その通りにお答え下さった主に心より感謝いたしました

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