2012年11月29日木曜日

福音の右の手(証のノートより)

いつも病院のため、ご助力、またお祈りの中に覚えていただきありがとうございます

さてある時、一人の牧師さんがとっても悩んでいました。ご家族と一緒にハイウェーを車で走っていた時の事です。道路にある標識を見て、「わたしも神様からこのような標識がほしい」と願っていました。

食事時になったので、車をパーキングに止められました。ご家族は食事をしに食堂に入りましたが、ご本人は食事をする元気がなくて車の横に椅子を出して一人座っていました。

すると目の前にある公衆電話が鳴り始めたのです。「お店の人が取るだろう」と思っていましたが、誰も取らないので重い腰を上げて、電話を取られました。すると電話口から、「N先生ですか?」と自分の名前を言われてびっくりしました。

電話の主の方は、自殺しようと思っていました。しかし、34年程前この牧師さんの説教を聞いたことがあり、死ぬ前にもう一度この先生の説教を聞きたいと思っていました。しかし、住所も電話番号も知りませんでした。もうだめだ・・と机の上に顔を伏せたところ、目の前に数字がずっと並んだのです。「なんだろう」と思い、急いでその数字を書きとめました

そして、電話を掛けたのでした。
「あなた、わかっていますか?これは私のオフィスの電話番号ではありませんよ。別の州のハイウェーのたまたまよったパーキングエリヤの公衆電話の電話番号ですよ」
その後二人は会ってお互いに励まされたのでした。
この話を、病院の隣の教会の安息日学校の青年のクラスで話していました。
すると青年が手を挙げて、「私の知っている人も同じようにして教会の電話番号を教えてもらったそうです」と話しました。

また、ある時病院で医師がニコニコして話されていました。お話を聞くと「在宅で、末期の癌で助からないと言われていた人のために、お祈りしていたらよくなったんだよ」そのお顔は喜びに輝いていました。

ところが1年?くらいたってその医師に、「あの時は良かったですね」と聞きましたら、「え~と何だっけ?」と言われてしまいました。
イエス様がこの地上にいらした時、数多くの人々を御癒しになられました。聖書に書いてある通りです。主は私たちの罪のため十字架にお掛りになられましたが、よみがえりになられ、今もなお生きておられます。そして聖書に書いてあるお約束の通り、この医師のお祈りにお答えになられ一人の人の命が助かったという証でしたが、医師はすっかりお忘れになっていらっしゃったのでした。

さて、「証とは、新しいことを提示することではなく、人々が忘れていたことを思い出させるものです。」とあります。

私は、聖職者ではありませんので、説教することはできません。そこで、今日は「私が目で見た事、耳で聞いた事、手で触ったことについてお話させていただこうと思います。」
主は今に至るまで多くの御業を通して私たちを導いてきてくださいました。今日は
証を聴くというよりも、今まで私たち一人ひとりに主がなしてくださった数々の御業を思い出してくださったらうれしく思います。

 ある時、森で、一人で30年間も住んでいた方がいらっしゃいました。その方がご病気になり、キリスト教の病院に担ぎ込まれてきました。いよいよダメになってきたので、夜中でしたが、牧師さんが呼ばれました。その夜は嵐で、病院までかなり危ない道もあり、牧師さんはずぶ濡れになりながら、病院に駆けつけてくれました。

病院について、服を着替え、その患者さんの部屋に入りました。部屋に入った時の患者さんの第一声は「何しに来た!」でした。牧師さんはお座りになられ、30分くらいいろいろ話していらっしゃいました。
すると・・・その男に人が話し始めたのです。
「おれは、線路の踏み切の切り替え手だった。ある時、クリスマスイブの日、俺は酒によっていた。そして、切り替えを間違ってしまったんだ。そこで電車が入ってきた・・・
そして、一人の女性の方と、その娘さんを殺してしまったんだ・・・そしてそれ以来ずっと30年間森にひとりで過ごしていたんだ・・・」

その話をずっと聞いてきた牧師さんが、静かに言いました。「あなたの罪は許された」
すると、カチンときた男は「なんでお前がわかるんだ!」と怒鳴りました
牧師さんは静かに言いました。「あなたの罪は許された。その時死んだ女の人は私のお母さんなんです。そして、その時死んだ娘は私の姉なんです。僕が許すから・・・あなたの罪は許された。」

私が、千葉県の総合病院で働いていた時の事です。ちょうど教会の講演会が迫っていた頃でした。
その病院で、良く話をしていた栄養科の事務の方に、講演会のチラシをお渡しすると
驚いた声で「わたし(隣にある)病院って知ってる!」とおっしゃいました。
それこそ10数年前、杉並区に住んでいらした頃、子供さんが御病気になられ、病院にいらっしゃったのでした。そこで、子供さんが病院内で吐いてしまいました
すると、ハウスキーピングの方がいらっしゃり、丁寧にお掃除をしてくださり、きれいにしてくれた上、ギフトショップでクッキーを買ってくださったとのことでした
その方はとっても感動されていらっしゃいまして、「今でも覚えている」と熱心に話してくださいました
彼女は、その後お兄さんの通っている教会に行かれ、バプテスマを受けられたそうです。

医療伝道は、「福音の右の手である」と証の書に書いてありますが、10数年前に撒かれた種を、神様が成長させてくださっておられるのを見せていただくのは本当に感謝です。

 また、ある方はそれこそ数十年前、やはり、お子さんが御病気で病院にご入院されていらっしゃいました。たしか、腸が閉塞してしまっているか、でなかなか通りませんでした。ちょうど、この教会のI医師が主治医でいらっしゃいました。お母さんは大変心配されていらっしゃいましたが、ある時「突然、通って」お子さんは助かったのでした。

「今、思えばきっと誰かが祈っていてくださったんだ」と今でも涙を流してその時の事を、話されていらっしゃいます。そして「誰が何と言おうと病院、大好き」とおっしゃっておられました。そしてこの方は、つい最近、教会でバプテスマをお受けになられたのでした。今、私の通っている教会で毎週日曜日に開かれている聖書研究会でご一緒させていただております

また原稿にはなかったのですが、先週教会でバプテスマ式がありました。
となりの病院の緩和ケア病棟にご入院中だったご主人が・・・信仰告白はされませんでしたが、お亡くなりなられたその日、ご主人が「イエス様、イエス様」と話されたのでした。
ご葬儀のあと、奥様が教会に通われるようになり、先週の安息日他の方と一緒にバプテスマになったのです。

 

「教会へのあかし」に次のように書いてあります。「神のための働き人11人にこの思想が刺激となり、励ましとならなければならない。この世では神のためのわれわれの働きは、ほとんど成果がないように見えることがよくある。我々は熱心に根気よくよいことをしようと努力するが、それでもなお、その結果を目の当たりに見ることを許されないこともある。われわれにとってその努力はむだになったように見えるかもしれない。しかし救い主は、われわれの働きが天に知られていて、その報いが必ず与えられるとわれわれに確証しておられる。」

聖書に次のように書いてあります。コリント人への第一の手紙15-58

「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである」

さて、病院での働きを支えてきてくださったのは、職員だけではありません。
ある時、ひとりの患者さんがご入院されました。病名はガンの6箇所転移
一度、開いてみましたがまた閉じてしまいました。
ところが、患者さんは「わたしは癌になって、イエス様という方を本当に良く知ることができた。本当に感謝だ」と話されました。そして病棟でも、「癌になって感謝」「癌になって感謝」と話されていらして、他の患者さんから「すみません。少し静かにしてくれませんか」と言われるほどでした。

結局、もう一度手術をすることになりました。

地元の牧師さんがいらっしゃり、医師と一緒に祈られました。お祈りが終わると、牧師が医師にお尋ねになりました。「先生、大丈夫でしょうか」「ダメでしょうね」「そうでしょうね」

しかし、この患者さんは、手術台に登られる際、「これで死んだとしても神様に感謝です。」と話されたのです。

7時間半かかると言われた手術が30分で終わりました。6箇所開いてみると綺麗なピンク色をしていて、ガンはすっかり治っており、患者さんはご退院されていらっしゃったのです。

最近、この話を病院の7階で食事に来られていた患者さんと話していました。

すると、この患者さんは

「思い出した。ずっと前に国立T病院であと6ヶ月の命と言われていた、知っている人がこの病院にかかり、すっかり治ってしまいました。もう10数年前たって今でもお元気です」

イエス様が10人の癩病人をお癒しになられた時、神様を褒め称えるために帰ってきたのはたった一人であった、記されています

きっと目に見えないところでもっともっと多くの主イエス様の不思議な癒しの御業がなされていることでしょう

 

さて、医療伝道機関は、福音の右の手と書かれていますが、一番大切なのは教会であります。「キリストが地上で最高の関心を注がれる唯一の対象」と書いてあります。

そして、この教会の使命は「第三天使のメッセージ」別の名前を「信仰による義のメッセージ」を伝えることにあります。これは1888年のメッセージとも呼ばれておりますが、お読みいたします。

「神の御言葉、義の言葉、生命の言葉が”今”、”この場”で与えられています。あなたは今、義に造り変えられる事を望みますか?今、その御言葉によって生きようとなさいますか?これこそ信仰による義認です・・・世界で最も単純なことです。」

レビュー&ヘラルド ATジョーンズ 

自分は、価値がない、信仰もない、証もない、良いところも一つもない・・・と思っていた時に、このメッセージはそれこそ生命の言葉でした。

今まで素晴らしい経験をしたから・・・でもなく、逆に黒星続きだったから・・・でもない。家に帰ってゆっくり考えてから・・・でもなく

もっと強い信仰を持ってからとか、もって聖書研究したり、祈ってから・・・とは書いてありません。「今、この場で」

今いる、この教会で・・・と書いてあるのです。

そして、「人間は信仰によって、つまり神様の言葉に頼る事によって義と造り変えられるだけでなく、造り変えられたのと同じ方法で生き続けるのであり、・・・同じ経験を重ねるのです。」

そして、この神様が人生を大きく変えてくださるのです

「信仰によって義とされるというのは、信仰によって律法を守れる者に造り変えられることです。」サインズオブタイムズ EJワゴナー

「主は我々の承諾なしに我々の罪を取り去る事はなさいません。私はいつでも主を選ぶか、自分の罪を持ち続けるかの選択をしなければなりません。・・・これから後神様が罪だと示されたら、それが何であろうと捨てる事をためらうべきでしょうか。・・・主にこう言いましょう『主よ、私は今選びます。わたしはこの罪とあなたとを引換えます。わたしはあなたを選びます』一体どこの誰が自分の罪を示されて失望する必要があるのでしょうか。

さて兄弟がたの何人かはこの選びをさっそくなさっているかもしれません。ここに来た時は何も感じていなかった、今まで気づかなかった何かを聖霊が彼らに示されました。・・・するとそのように示された事を感謝して、罪を捨てるかわりに・・・彼らは失望するのです。『一体どうしよう。私の罪はこんなに多いのか』と・・・

もじ以前には考えてもみなかった罪を示されたとすれば、それは主がこころの深みを清めようとしておられる、というまでの事で、いつかそれはついに心の底にまで達するのです。そしてご自分の御旨にそわない、不純で汚れたものの最後の一つを取りだして我々に示される時、われわれが、『そんなものよりキリストを持った方が良い』と言うならば働きは終了し、生ける神様の印がその人の品性の上に押されるのです」

世界総会ブリテンATジョーンズ

 

さて一つ小さな証ですが、

私が、病院の命令により派遣されて臨床工学技士の専門学校に行った時の事です。

受験要項に「土日休み」と書いてある事を確認し、また、入試の面接でも「土曜日は休みですね」と念を押し、学校に入りました。

ところが最終学年になった時、臨床実習が始まり、土曜日学校に出てきなさい、と言われたのです。担任と話しても平行線でした。学校側は成績表も出さない、授業料の振込用紙も送ってこなくなりました。

そして、校長先生と面接することになったのです。

以前は、こういう時はドキドキで、それこそ必死に悲壮な顔で祈っていました。

しかし、この時は心は晴れ晴れとしていて「神様、証の時が来ました」との思いでいっぱいになったのです。周りにいたとてもよくしてくださった工学博士の先生から「世界で一番幸せそうな顔をしている」と言われました。

カンカンになって怒っている校長先生と面接が始まりました。教会に行くから、学校を休ませて欲しいと言っても平行線だったので、今まで数々みさせていただいたイエス様の証をしました。すると、怒っていた校長先生の顔が和らいでいったのです。そして、その証を文章にしなさい、と言われたので、合計3回学校に提出しました。その証は臨床工学部の先生方、他大学から来ていた非常勤の先生方、また大勢の学生にも広まりました。

そして、それが大学病院や、医療機器メーカーにも伝わり、何百万円もする高額な数々の機器、医療物資が看護大学、病院、伝道地、また震災時は福島の教会に届けられたのです。

そして、私自身も校長先生の怒りが解けたばかりか、笑顔になり、無事に卒業し、今は臨床工学技士として病院にて働かせていただいております。

祝福の山に                            

「神様は大いなる愛をもって、わたしたちのうちに聖霊による尊い徳を育成しようとしておられます。神様がわたしたちに障害や迫害や困難の来るのをおゆるしになるのは、のろいとしてではなく、わたしたちの生涯の最高の祝福としてでます。」とは本当の事だと思いました。

また、神様は教会を愛しておられますが、病院や看護大学もまたその大きな、深い愛をもって愛しておられる・・・事を知ったのでした。

足りない事、正すべき事、数々あるとは思いますが、今後ともご加祷とご援助、またご指導のほどよろしくお願い致します。

さて、先ほどの「キリストが地上で最高の愛の関心の唯一の対象」という言葉の前にはこう書いてあります「キリストの教会は、どんなに弱く、欠点があろうと」と・・・

信じる人々一人一人は神様の宮と言われています。ですから、最高の愛の関心の唯一の対象とはわたしたち一人一人になのかもしれません。

信仰による義のメッセージに次のように書いてあります。「無償の賜物はすべての人のものとなりました。それが何の価もいらない賜物である事自体、それが例外なく与えられるのを証明しています。もしそれが何らかの特別な資格を有する者に与えられるのであれば、もうそれは賜物とは呼べません。ですからキリストの義と生命の賜物が地上のすべての人に与えられたというのは事実であり、聖書が明らかにそう証言しています。もし本人が拒みさえしなければ、今まで生を受けたどんな人間も救われてならない理由はないのです。多くの人々はこんなに気前よく与えられている賜物を受けようともしないのです」サインズ EJワゴナー

 

この地上でも親切な人、やさしい人もいることでしょう。しかし、それでもこの地上には罪があります。しかし天には罪がありません。もっとやさしい、愛に溢れた方々がいらっしゃることでしょう。

しかし、イエス様は・・・その方々の中でも宇宙で一番、愛に溢れた御方でいらっしゃいます。

あの人のため、この人のために生命をお捨てになられた・・・というならまだ私にも理解できます。しかし、イエス様のこの私のために十字架にお掛かりになられたということは理解をはるかに超えたことです。そしてこの神様の御子がもう一度この地上に帰ってくるとお約束なさっておられます。

最後にもう一つ証を致します

病院でおなくなりになられたクリスチャンの方がいらっしゃいました。

その亡くなられる時、こうおっしゃったのです

「神様は、今まで最善の事をしてくださった。だからこれからも最善の事をしてくださる。」と。この方は、イエス様が癒してくださるとお信じにはなられませんでした。また、天国に入れるともお信じにはなりませんでした。そうではなくイエス様ご自身を信じておられたのだと思います。

瞑想の言葉にありますが、

「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」

 

イエス様、宇宙でたった一人、私の罪の故に手と足に十字架の傷跡を持っておられる御方に栄光が代々限りなくありますように。

最後に、聖書の御言葉をもってこの礼拝を閉じようと思います

エペソ人への手紙3章20節からです

「どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、教会により、また、キリスト・イエスにより、栄光が世々限りなくあるように。アアメン」

2012年8月31日金曜日

僕は何のために生きているの?

ラジオでの夏休みの子供質問箱・・・
子供たちが、電話で先生方に色々な質問をして、先生が答える番組でした
そこで、ひとりの子供がした質問・・・
「地球はどうして出来たの?」
「それは偶然だよ」
「僕はどうして生きているの?」
「それは難しいね~」と先生方も答えられませんでした
こんな今だに科学的根拠のない無神論の教えを信じている人々の答えしか聞いてこない子供は本当に哀れです。

ある外科医が、子供たちに話をしました
「皆さん、箱の中にアミノ酸や、タンパク質などをいっぱい入れて、よ~くかき混ぜたら、
人間が出てきましたって信じられる?」

この小さな証・・・は消えてしまいそうなとっても小さな証ですが
生きておられる救い主なる神様、主イエス様のしてくださった数々の現実を書いています。

「天を創造された主、すなわち神であって
また地をも造り成し、これを固くし、
いたずらにこれを創造されず、
これを人のすみかに造られた主はこう言われる、
わたしは主である、わたしのほかに神はない。
わたしは隠れたところ、地の暗い所で語らず、
ヤコブの子孫に『わたしを尋ねるのはむだだ』と言わなかった。
主なるわたしは正しい事を語り、
まっすぐな事を告げる。」(イザヤ書)

しかも、「いたずらに」これを創造されず・・・と書いてあるので
イエス様は何かひとりひとりにご目的を持っておられる・・・事がわかりました

「人間は、イエス様の栄光のために創られた」
この事実を知った時の、喜びは測り知れないものです
僕は、偶然に生きているのではない・・・
そして、この目的のために生きる時に最大級の喜びがあることも
知るようになります。

しかし、現実には自分はイエス様の栄光を汚すばかり・・・

人はイエス様の栄光のために創られた
イエス様は、こんな人ために、生きられ、そして死なれたのです

2012年5月26日土曜日

各時代の大争闘

悪魔の嫌いなものが3つある。

1、イエス様のお名前

2、イエス様に感謝すること

3.イエス様にお詫びすること



単純ですが、本当に意味が深いです。

「主の名は堅固なやぐらのようだ、 正しい者はその中に走りこんで救いを得る。」

これは、現実の偉大な御力

イエス様は悪魔に対して絶対的支配力を持っておられる

悪霊でさえ、信じておののいている・・・のも現実の話です。



ある女の子が学校で友人と「こっくりさん」という悪い悪魔の遊びをしていたら、突然その女の子が倒れ、なんと男の人の声を話し始めました

先生は怖くなって逃げてしまいました



そのおばあちゃんは大変心配され、ある昼休みの時間

「ねえ、除霊できない人知らない?」と相談してきたのです

そこで、先ほどの

悪魔の嫌がる3つの事の話になりました。

悪魔が好むのは「お化け屋敷」を見ればすくわかる。

絵が傾けてかけられていたり、暗くて埃だらけであったり、態度も快活ではない。

そして、「各時代の大争闘」という一冊の本をお渡ししました

これは、キリスト教の歴史、闇の力について、そしてそれよりはるかに強い聖なる天使たちの存在などが克明に描かれている本でした。



1か月ぐらいたって、おばあちゃんが満面の笑顔で来られました

「孫が元気になりました!今では、『もし悪い友達がきたら、私にはキリストがついていると言ってやりなさい、』と教えているの」

主イエス様に感謝です



悪魔は自分の戦法を見破られるのをもっとも嫌がるとか・・・

「サタンは老練な将軍のように、前もって計画をたてる。神様の使命者が聖書を調べているのを見ると、どのような使命が語られるかに注意する。そして、その点について彼が欺いている人々に、その使命を聞かせないように、あらゆる巧妙な策略を用いて、事情を支配しようとする。ぜひともその警告を聞かねばならない人々が、何かの重要な商用のために出向かなければならないようにしたり、あるいは、何かの方法で、いのちからいのちへ至らせるかおりとなるみ言葉を聞くのを妨げるのである。」各時代の大争闘(下)P261

「人々に祈りを怠るようにさせ、聖書の研究もなおざりにするようにさせておけば、だれでも彼の攻撃に打ち負かされてしまうことを、彼はよく知っている。そのため、彼は、あらゆる策略をめぐらして、人心を夢中にさせるものを考案する。神様を信じると言いながら、真理の研究を続けないで、自分と意見の合わない人々の人格の欠点とか信仰上の誤りとかを指摘することを自分の義務であるかのように思っている人々が、いつもいるものである。こうした人々はサタンの右腕ともいうべきである。兄弟を訴える者たちは、決して少なくない」各時代の大争闘P.262



などなど・・・

悪魔がさぞかし嫌がる本です



悪魔は自分の力が語られると喜ぶそう・・・

しかし、イエス様の御力が語られると、嫌がる・・・

闇が存在するのも事実ですが・・・

しかし、

「光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝たなかった。」

苦しみの十字架

戦時中、日本のプロテスタントは、政府によって統合させられ、日本基督教団となり、天皇を神として認め、戦争協力をさせられることになりました。しかし、それにあくまでも抵抗したキリスト教会もありました。ホーリネス教会やセブンスデーアドベンチスト教会・・・
当然、当時の社会情勢ですし、政府からの激しい迫害に会いました

最近、その迫害の担当をされた方が書かれた本が60年ぶりに出版されたそうです なんでも昭和25年に書かれたのですが、その筋から出版停止になったとか

その中には当時の記録が生々しく描かれていました。セブンスデーアドベンチスト教会では牧師が3人、信徒が1人 牢獄で殺されたとか・・・

その本によると、ある時、刑務所から毛布をかけられ、出てきた牧師さんの遺体を、奥様が引き取りにこられたそうです。奥様が毛布をとると、顔にも体にも殴られた跡が・・・・

ひざは、ぐにゃぐにゃになっていたそうです。 その本を書かれた当時の担当官?も、その様子を見て、特高に対する憤激がこみ上げてきたそうです。

 しかし、奥様は、見開いて一点を見つめているご主人の目を閉じられ、膝まづいて祈られた・・・と記録されています。

この担当官の手記には、この時隠れて集会を開いていた教会の様子も描かれていました

教会では「彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」との祈りがささげられていたそうです。

 そして、この担当官は「苦しみの十字架を、喜んで背負っていく」クリスチャンたちの姿に感動されました。 そして当時の社会情勢ではとっても危険な事でしたが、バプテスマを受けクリスチャンになられたのでした

死者のよみがえり

先週の祈祷会は
パウロさんの話を聞いていた若者が屋上から落ちてしまい、死んでしまった若者ユテコさんの話しでした。

もしかしたら、医者ルカさんが診断されたのでしょうか・・・

「抱き起してみたら、死んでいた」と記録されています。

しかし、この若者の所にパウロさんは降りて行かれ、「騒ぐことはない。まだ命がある」とこの若者を蘇らされます

「人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた」とルカ医師は記録されています。



さて、ある拒食症の患者さんがいらっしゃいました。

クリスチャンの医師が治療を続けていましたが、亡くなってしまわれました。

医師は死亡診断書を書かれます。

そこへ牧師さんがいらっしゃり、祈られました。



その女性は息を吹き返し、再び命を与えられたのでした。

大手新聞にも取り上げられた出来事でした



またある時、これはかなり数十年前の話ですが、

お産の患者さんがエコノミー症候群で血栓が肺に飛び、肺塞栓を心肺停止、心臓と肺の機能が全く停止したのです。

当時は今では当たり前の、肺塞栓防止のための機器や、肺塞栓防止のストッキング、ハイソックスなどは一般的ではありませんでした。

先ほどの医師は、全力で救急救命をされました。

しかし、患者さんの心臓は動くことはありませんでした。

医師が「もう無理だ」と死亡診断書を書こうと決意した時、

突然、患者さんの顔に鮮やかな血色が戻って行きました。

そして、患者さんは再び意識を取り戻したのです。

近くの、看護師さんの詰め所では、クリスチャンナース集まり、

皆で必死に祈られていらっしゃったそうです

30年たって、この患者さんは再び医師にお礼に来られたのでした。



祈祷会で、こんな話をしていた時、

周りの方々は、ご家族の病気がいやされた時の事などを思い出されていました

「あの時も、突然癒された、きっと誰かが祈っていたのだと思う」



主イエス様が、もう一度この地上に、来られるとき、

主にあって死んだ人々が、イエス様の御声でもう一度生命が、しかも今度は永遠の生命が与えられる。

そして、別れた家族、子供たちや、父母、伴侶、友人ともう一度再会する。

そして、涙をまったく拭いとってくださる。



パウロさんや、牧師さん、看護師さんの祈りにお答えになられた御方、主イエス様はもう一度おいでになると、御約束されておられます。

しかし・・・



「わがたましいよ、主をほめよ。

そのすべてのめぐみを心にとめよ。

主はあなたのすべての不義をゆるし、

あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを墓からあがないいだし、

いつくしみと、あわれみとをあなたのこうむらせ、

あなたの生きながらえるかぎり、

良き物をもってあなたを飽き足らせられる」



死後、4日たって蘇らされたラザロさんも、ユテコさんも

その後やはり、お亡くなりになられています



しかし、イエス様がもう一度来られる時に蘇る人々は

もう二度と死を見ることはない・・・
そして、そのために労してきた人々が報いられる時です

911

911の時、 救護活動に入ってビルの瓦礫の中に閉じ込められた二人の人がいらっしゃいました。しかし、いよいよ建物が崩れてきます
一人は神様の今までの素晴らしい人生をありがとうございます、と祈りを捧げます。そして、一人は主の祈りを捧げられました そして、感謝をささげた人に、イエス様はご自身をお現わしになられ、彼が、家族のもとに帰られることをお告げになられました。 「すごい、イエス様に会っちゃった・・・」と彼は感激に溢れます。やがて、二人とも無事に何日かぶりに救出されることになります「わたし自身をあらわすであろう」 天がとっても近いことがある・・・毎日、平凡な一日を過ごしていても、知らないうちに天使の方々と会い、言葉を交わしている人々があるとのこと・・・

今日もまた、どこかで・・・主イエス様ご自身に会える人々がいらっしゃることでしょう

安息日

「また神様は、礼拝に集まる人々が、神様の尊い守護と愛を深く感じて帰り、日常のどんな仕事も喜んですることができ、神様のお恵みによって、すべてのことを正直に忠実にすることができるようにと望んでおいでになります」

昨日の礼拝は、朝この証を読んで、祈り出発しました

安息日学校が、終わり、礼拝が終わりました

先週の礼拝には、まさに「時にかなって美しい」神様の御声の礼拝でしたが、

今週はそうでもありませんでした

午後、集会に出ました

そこで、証の話になりました

有名な広島に原子爆弾を落ちた時の証が出たとき、

ほとんどに人が、その証の事を「知らない・・・」と言われ詳しく話す事になりました



原子爆弾の怖さは、強烈な光、その光を見た者は失明・・・どころか

人の姿さえ一瞬で消し去ってしまうほどです

そして、その熱線・・・言葉では表現できないほど・・・です

そして爆風・・・ガラスの破片が弾丸のように飛び、人々の体に突き刺さっているのを

ご覧になられたそうです

そして放射線・・・・場合によってはすぐに人々の命を奪い、あるいは何十年にわたって人々を「原爆症」によって苦しめます



さて、あの原子爆弾が投下された194586

ちょうど爆心地に住んでいた一人のクリスチャンの看護師さん

その日は夜勤明けで帰ってきました。そして布団をかぶって寝てしまったのです

すると、「ピカッと光って、家がグラッと傾いた」のです。

何事が起きたか、と思って家を飛び出すと

その方の家だけが一軒だけ残されて、周りは四方八方焼け野原になっていたのでした

そして、あの地獄絵のような焼けただれた人々が歩いてくるのを見たのでした

その方は急いで救護所に駆け付け7日間、不眠不休で働かれました。



また、ある方はクリスチャンの奥さんは台所にいらっしゃり、まだイエス様を受け入れていらっしゃらなかった御主人は玄関にいらっしゃいました

そこに原子爆弾が落ちました

台所だけが・・・残ったのです

奥さんは、急いで玄関に走りました

御主人はがれきの下になっていました

奥さんは何とか御主人を助けようとされましたが、瓦礫が重く女手一人ではあげられませんでした

やがて、猛烈な炎が迫ってきました。

御主人が「逃げてくれ」と頼みました

しかし、奥さんは「あなたを捨てて逃げられない」と叫びました

すると、御主人が静かにおっしゃったそうです。

「今まで、悪かった。僕は今までイエス様を信じなかった・・

でも、今は信じている。だから、天国に行ったら会えるんだから・・・(疎開している)子供たちのために生きてくれ」

奥さんは泣く泣くその場所を離れたそうです

しかし、その後理髪店を開かれていたその方は、ずっとその時の光景に苦しまれていらしたそうです

しかし、彼女はその証をずっと語られたのでしょう

「天国に行ったら会えるんだから・・・」

一人でも多くの方々にそのことをお伝えになられたかったのかもしれません。



また、ある一家は・・・

家の御主人が祈っていると「ここから出て行きなさい」との神様の御声を聞きました

そして、家族に「神様がここから出て行きなさい、仰せになられたのでお父さんはここからでて行く」

お父さんは、医療器具の販売をされていたそうです

御家族はぶーぶー文句を言ったそうです。

「お父さん、商売がうまくいっているのに、どうしてここから出来ていくの!」

しかし、お父さんの決意は固く「いや、お父さんはここから出て行く」

家族は文句を言いながら、お父さんについて広島の街を出て行ったのです

一ヶ月後・・・原子爆弾が広島の町に投下されたのでした



当時の広島にいらしたSDAのクリスチャンの方々は全員助かり、それから放射線の原爆症にかかることなく数十年にわたって主イエス様の大きな御力について今もなお証し続けれておられます。



他にも数々のイエス様のくすしい証が語られました

すると年配のクリスチャンの方も次々に証をお語りになられました

御仕事も数々成功され、その業界でNO.1に毎年表彰され続けられたそうです

その成功の秘訣を聞いてみると・・・

いくつか原則を話されたのち・・・

「わたしの力にはそんな力はないですよ。聖書から力をもらったんだよ」

「どんな聖句ですか」

「小さいことに忠実な者は、大きな事にも忠実である・・」



恵まれた1日でした

夕方家に帰って

朝の祈りに、その通りにお答え下さった主に心より感謝いたしました

救いの記念の塔

1945819
アメリカで二人の青年が強盗に入りました

彼らは捕まったのですが、隠し持ったピストルを使い、警察の車を奪って逃走しました

ちょうど同じ日スレーボー夫妻は、二人で真剣に祈っていました

かなり気にかかり、2度祈ってご主人は出かけられたのです



そのご主人の乗られた車と二人の強盗の猛スピードで走っていた車が正面衝突しました

スレーボー氏は片目の眼球が飛び出してなくなってしまい、耳はちぎれ飛び、

顎から、頭からひどい状況で病院に担ぎ込まれたのです

医師の診断は、人工眼球など準備されましたが、もう助からないとの状況でした



その時、教会の牧師さんたちが来られ、

ヤコブ書にある通り、油を注いで真剣に祈られました

祈られた後、そこ場所にいたすべての人は涙を流していたとのこと

そして、牧師さんが去られる前、「わたしはこの日を決して忘れないでしょう」と話されました。



さて、そんなことを知らない医師が病室に入ってきました

包帯を開けてみると、なくなっていたはずの眼球が元のもどっており

スレーボー氏が健康な体になっていたことを発見したのでした

医師はとっても落ち着いた方でしたが、「スレーボー氏は生きるよ。彼は生きるよ。」

と大変興奮して話していました。



ご主人は「何の痛みも感じなかった」と記録されています



彼は完全に癒され、病院をご退院されたのでした

そして、刑務所に入っていた青年たちに会いにいかれたのです

青年たちは、幼いころ両親が亡くなり、それまで人生のことをご夫妻に話されました

そして、刑務所の中で、聖書や「キリストへの道」を読むようになり、囚人たちと獄中で聖書研究会を開くようになり、改心することになります

たしか弟さんは特赦を受けて仮出獄をして、ご夫妻に引き取られ、牧師になるための学校に入ることになりました。



今もなお、自動車にひかれた方が、大勢のクリスチャンの方々の祈りによって奇跡的に回復して元気に生活られたおられたり、高速で交通事故にあわれ、車から飛び出し、木につるされる救急隊の方々が「助からない」と思ったほどになった方が、多くのクリスチャンの方々が必死になって祈られ、普通の生活をしているのを目の前に見ています。



聖書の中でペテロが剣で切り落としたマルコスの耳を元通りにされた御方は、67年前のこの時もまた同じように、ちぎれた耳ばかりでなく、なくなった目も、顎も、頭も、真っ黒になった手も・・・元通りにされただけでなく

青年たちや、獄中にいた囚人たちの心をも動かし、癒され、聖書に書いたある通り、希望と将来とをお与えになられました



「主が私たちを慰め、滅ぼす者の手から私たちを救われた際の記念の塔をながめましょう。神様は涙をぬぐい

痛みを和らげ、心労を除き、恐怖を取り去り、必要を満たし、祝福をさずけられたのですが、こうした神様のあわれみの数々を常に心にとめて自らを励まし、私たちの前途に横たわる残りの旅路を進まなければなりません。」

ふと、今まで主イエス様が癒してくださった数々の病の時の事を思い出し・・・
感謝の朝でした

毎日のパン

苦しい時に助けていただいたことは、忘れられないものです

3月11日の大震災・・・しかしその直後に 米、台湾、韓国、比、露、英、中、タイなどから、たくさんの援助物資、義捐金、援助部隊、そして各国からの励ましのメッセージなどなど・・・記録に取っていますが、今でも読み返すと感謝で感動します。

また、身近な所でも、宮城、福島の教会員に援助物資を送ることになった時、クリスチャンではない方から教会に多大な援助をいただいたことも心に深く残っています

「異教徒の中にさえ、親切心のある人たちがいる。いのちのみことばを聞かないうちから彼らは宣教師たちと親しくなり、自分自身の生命の危険をおかしてまで宣教師たちに奉仕した。異教徒の中には、知らないで真の神様を礼拝している人たち、すなわち人を通して光を与えられたことのないひとたちがいるが、それでも彼らは滅びないのである。」(各希下p108)との言葉を思い出します。

また、今年は、多くの人々が「当たり前であることを幸せ」について語られていました

ある時、おばあさんとお孫さんたちが、食べ物がなくて非常に困っていました。

そこで、みんなでお祈りをしました。すると一人の女の子が「神様、私たちはパンを必要としています。それも小さなパンではなく、大きなパンを必要としています。」と祈りました。夕方になりました。何事も起こりませんでした。おばあさんはお孫さんを失望させたかもしれない、と思われたとか。しかし夜になって寝るころになった時、家の戸を叩く音がしました。それはおばあさんの知り合いの方でした。おじさんは集まってきた子供たちに言いました。「おじさんが何を持ってきたか、わかる?」すると女の子が

「大きなパン!」と言いました。おじさんは、外套の中から大きなパンを取り出して、子供たちに手渡したのでした。

100年前のロシア革命の時の証です。

しかし、このパンの奇跡は毎日起こっています。「私たちの日ごとの食物をお与えください」との祈りに答えて、イエス様は今日も、畑に奇跡をおこなっておられる。」

ある人は、朝起きて、蛇口をひねる、水が出る。感謝!と証されていました。

「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない。」マタイ10-42

イエス様は、海や、川、湖、また全宇宙を御創りになられた御方でいらっしゃいますが、たった一杯の水でさえも・・・覚えておられる御方でいらっしゃいます。

「すべての事に感謝しなさい」

「すべての事」を一つ一つ数えていくと、驚くべき神様のお恵みにびっくりします

私はあなたのために祈っている

場所は、北朝鮮・・・時は第二次世界大戦の時でした
旧日本は、クリスチャンに神社礼拝を強制し、従わないクリスチャンに大迫害しました

その渦中にあって、北朝鮮のクリスチャン女性は、日本軍部に刑務所に入れられてしまいます
しかし、彼女はその刑務所にてたくさんに不思議な神様の御業を経験し、
多くの大変な犯罪を犯した女囚たちをイエス様の尊い救いに導かれるのでした
しかし、彼女は北朝鮮の極寒のため、失明しかかります
すると、軍部は彼女を牢獄から出してくれることになりました
彼女は悩みます。同胞のクリスチャンたちがなおも拷問を受けながら牢獄にいるのに
自分だけ出てもいいものか。それとも神様の救いなのだろうか・・・
出獄の日、同じくクリスチャンの彼女の母が、待合室に待っていました
彼女は感激して、合うと、お母さんは
「同じ同胞の仲間が苦しんでいるのだから、お前だけ出てくるのはおかしい」と彼女に牢獄に帰るように言ったのでした。
彼女は、お母さんのその言葉が、悩んでいる自分に対する、まるで神様からの声のように思え、とっても感謝し、喜んで牢獄に戻る決心をしました。
すると・・・彼女はお母さんの視線の焦点があっていないことに気づきます
彼女のお母さんは、失明していたのでした。
お母さんは言いました。「出獄しても、食べ物もないし、みな野草を探して飢えをしのいでいる状態なのです」
そして、静かに言いました。
「お前は、体が弱いから、私は真夜中、刑務所の塀の外に立って、お前のために祈っているんだよ。」

 厳寒の夜、たった一人で、刑務所の外の塀の前で祈る母・・・
その姿を思い、彼女は牢獄に戻る途中、涙が止まらなかったそうです

 終戦して、彼女は牢獄から出されました
彼女が日本を恨むことはありませんでした。
戦後、日本に来て、日本の人々のために
主イエス様の尊い救いを宣べ伝えられたのでした