2012年5月26日土曜日

各時代の大争闘

悪魔の嫌いなものが3つある。

1、イエス様のお名前

2、イエス様に感謝すること

3.イエス様にお詫びすること



単純ですが、本当に意味が深いです。

「主の名は堅固なやぐらのようだ、 正しい者はその中に走りこんで救いを得る。」

これは、現実の偉大な御力

イエス様は悪魔に対して絶対的支配力を持っておられる

悪霊でさえ、信じておののいている・・・のも現実の話です。



ある女の子が学校で友人と「こっくりさん」という悪い悪魔の遊びをしていたら、突然その女の子が倒れ、なんと男の人の声を話し始めました

先生は怖くなって逃げてしまいました



そのおばあちゃんは大変心配され、ある昼休みの時間

「ねえ、除霊できない人知らない?」と相談してきたのです

そこで、先ほどの

悪魔の嫌がる3つの事の話になりました。

悪魔が好むのは「お化け屋敷」を見ればすくわかる。

絵が傾けてかけられていたり、暗くて埃だらけであったり、態度も快活ではない。

そして、「各時代の大争闘」という一冊の本をお渡ししました

これは、キリスト教の歴史、闇の力について、そしてそれよりはるかに強い聖なる天使たちの存在などが克明に描かれている本でした。



1か月ぐらいたって、おばあちゃんが満面の笑顔で来られました

「孫が元気になりました!今では、『もし悪い友達がきたら、私にはキリストがついていると言ってやりなさい、』と教えているの」

主イエス様に感謝です



悪魔は自分の戦法を見破られるのをもっとも嫌がるとか・・・

「サタンは老練な将軍のように、前もって計画をたてる。神様の使命者が聖書を調べているのを見ると、どのような使命が語られるかに注意する。そして、その点について彼が欺いている人々に、その使命を聞かせないように、あらゆる巧妙な策略を用いて、事情を支配しようとする。ぜひともその警告を聞かねばならない人々が、何かの重要な商用のために出向かなければならないようにしたり、あるいは、何かの方法で、いのちからいのちへ至らせるかおりとなるみ言葉を聞くのを妨げるのである。」各時代の大争闘(下)P261

「人々に祈りを怠るようにさせ、聖書の研究もなおざりにするようにさせておけば、だれでも彼の攻撃に打ち負かされてしまうことを、彼はよく知っている。そのため、彼は、あらゆる策略をめぐらして、人心を夢中にさせるものを考案する。神様を信じると言いながら、真理の研究を続けないで、自分と意見の合わない人々の人格の欠点とか信仰上の誤りとかを指摘することを自分の義務であるかのように思っている人々が、いつもいるものである。こうした人々はサタンの右腕ともいうべきである。兄弟を訴える者たちは、決して少なくない」各時代の大争闘P.262



などなど・・・

悪魔がさぞかし嫌がる本です



悪魔は自分の力が語られると喜ぶそう・・・

しかし、イエス様の御力が語られると、嫌がる・・・

闇が存在するのも事実ですが・・・

しかし、

「光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝たなかった。」

苦しみの十字架

戦時中、日本のプロテスタントは、政府によって統合させられ、日本基督教団となり、天皇を神として認め、戦争協力をさせられることになりました。しかし、それにあくまでも抵抗したキリスト教会もありました。ホーリネス教会やセブンスデーアドベンチスト教会・・・
当然、当時の社会情勢ですし、政府からの激しい迫害に会いました

最近、その迫害の担当をされた方が書かれた本が60年ぶりに出版されたそうです なんでも昭和25年に書かれたのですが、その筋から出版停止になったとか

その中には当時の記録が生々しく描かれていました。セブンスデーアドベンチスト教会では牧師が3人、信徒が1人 牢獄で殺されたとか・・・

その本によると、ある時、刑務所から毛布をかけられ、出てきた牧師さんの遺体を、奥様が引き取りにこられたそうです。奥様が毛布をとると、顔にも体にも殴られた跡が・・・・

ひざは、ぐにゃぐにゃになっていたそうです。 その本を書かれた当時の担当官?も、その様子を見て、特高に対する憤激がこみ上げてきたそうです。

 しかし、奥様は、見開いて一点を見つめているご主人の目を閉じられ、膝まづいて祈られた・・・と記録されています。

この担当官の手記には、この時隠れて集会を開いていた教会の様子も描かれていました

教会では「彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」との祈りがささげられていたそうです。

 そして、この担当官は「苦しみの十字架を、喜んで背負っていく」クリスチャンたちの姿に感動されました。 そして当時の社会情勢ではとっても危険な事でしたが、バプテスマを受けクリスチャンになられたのでした

死者のよみがえり

先週の祈祷会は
パウロさんの話を聞いていた若者が屋上から落ちてしまい、死んでしまった若者ユテコさんの話しでした。

もしかしたら、医者ルカさんが診断されたのでしょうか・・・

「抱き起してみたら、死んでいた」と記録されています。

しかし、この若者の所にパウロさんは降りて行かれ、「騒ぐことはない。まだ命がある」とこの若者を蘇らされます

「人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた」とルカ医師は記録されています。



さて、ある拒食症の患者さんがいらっしゃいました。

クリスチャンの医師が治療を続けていましたが、亡くなってしまわれました。

医師は死亡診断書を書かれます。

そこへ牧師さんがいらっしゃり、祈られました。



その女性は息を吹き返し、再び命を与えられたのでした。

大手新聞にも取り上げられた出来事でした



またある時、これはかなり数十年前の話ですが、

お産の患者さんがエコノミー症候群で血栓が肺に飛び、肺塞栓を心肺停止、心臓と肺の機能が全く停止したのです。

当時は今では当たり前の、肺塞栓防止のための機器や、肺塞栓防止のストッキング、ハイソックスなどは一般的ではありませんでした。

先ほどの医師は、全力で救急救命をされました。

しかし、患者さんの心臓は動くことはありませんでした。

医師が「もう無理だ」と死亡診断書を書こうと決意した時、

突然、患者さんの顔に鮮やかな血色が戻って行きました。

そして、患者さんは再び意識を取り戻したのです。

近くの、看護師さんの詰め所では、クリスチャンナース集まり、

皆で必死に祈られていらっしゃったそうです

30年たって、この患者さんは再び医師にお礼に来られたのでした。



祈祷会で、こんな話をしていた時、

周りの方々は、ご家族の病気がいやされた時の事などを思い出されていました

「あの時も、突然癒された、きっと誰かが祈っていたのだと思う」



主イエス様が、もう一度この地上に、来られるとき、

主にあって死んだ人々が、イエス様の御声でもう一度生命が、しかも今度は永遠の生命が与えられる。

そして、別れた家族、子供たちや、父母、伴侶、友人ともう一度再会する。

そして、涙をまったく拭いとってくださる。



パウロさんや、牧師さん、看護師さんの祈りにお答えになられた御方、主イエス様はもう一度おいでになると、御約束されておられます。

しかし・・・



「わがたましいよ、主をほめよ。

そのすべてのめぐみを心にとめよ。

主はあなたのすべての不義をゆるし、

あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを墓からあがないいだし、

いつくしみと、あわれみとをあなたのこうむらせ、

あなたの生きながらえるかぎり、

良き物をもってあなたを飽き足らせられる」



死後、4日たって蘇らされたラザロさんも、ユテコさんも

その後やはり、お亡くなりになられています



しかし、イエス様がもう一度来られる時に蘇る人々は

もう二度と死を見ることはない・・・
そして、そのために労してきた人々が報いられる時です

911

911の時、 救護活動に入ってビルの瓦礫の中に閉じ込められた二人の人がいらっしゃいました。しかし、いよいよ建物が崩れてきます
一人は神様の今までの素晴らしい人生をありがとうございます、と祈りを捧げます。そして、一人は主の祈りを捧げられました そして、感謝をささげた人に、イエス様はご自身をお現わしになられ、彼が、家族のもとに帰られることをお告げになられました。 「すごい、イエス様に会っちゃった・・・」と彼は感激に溢れます。やがて、二人とも無事に何日かぶりに救出されることになります「わたし自身をあらわすであろう」 天がとっても近いことがある・・・毎日、平凡な一日を過ごしていても、知らないうちに天使の方々と会い、言葉を交わしている人々があるとのこと・・・

今日もまた、どこかで・・・主イエス様ご自身に会える人々がいらっしゃることでしょう

安息日

「また神様は、礼拝に集まる人々が、神様の尊い守護と愛を深く感じて帰り、日常のどんな仕事も喜んですることができ、神様のお恵みによって、すべてのことを正直に忠実にすることができるようにと望んでおいでになります」

昨日の礼拝は、朝この証を読んで、祈り出発しました

安息日学校が、終わり、礼拝が終わりました

先週の礼拝には、まさに「時にかなって美しい」神様の御声の礼拝でしたが、

今週はそうでもありませんでした

午後、集会に出ました

そこで、証の話になりました

有名な広島に原子爆弾を落ちた時の証が出たとき、

ほとんどに人が、その証の事を「知らない・・・」と言われ詳しく話す事になりました



原子爆弾の怖さは、強烈な光、その光を見た者は失明・・・どころか

人の姿さえ一瞬で消し去ってしまうほどです

そして、その熱線・・・言葉では表現できないほど・・・です

そして爆風・・・ガラスの破片が弾丸のように飛び、人々の体に突き刺さっているのを

ご覧になられたそうです

そして放射線・・・・場合によってはすぐに人々の命を奪い、あるいは何十年にわたって人々を「原爆症」によって苦しめます



さて、あの原子爆弾が投下された194586

ちょうど爆心地に住んでいた一人のクリスチャンの看護師さん

その日は夜勤明けで帰ってきました。そして布団をかぶって寝てしまったのです

すると、「ピカッと光って、家がグラッと傾いた」のです。

何事が起きたか、と思って家を飛び出すと

その方の家だけが一軒だけ残されて、周りは四方八方焼け野原になっていたのでした

そして、あの地獄絵のような焼けただれた人々が歩いてくるのを見たのでした

その方は急いで救護所に駆け付け7日間、不眠不休で働かれました。



また、ある方はクリスチャンの奥さんは台所にいらっしゃり、まだイエス様を受け入れていらっしゃらなかった御主人は玄関にいらっしゃいました

そこに原子爆弾が落ちました

台所だけが・・・残ったのです

奥さんは、急いで玄関に走りました

御主人はがれきの下になっていました

奥さんは何とか御主人を助けようとされましたが、瓦礫が重く女手一人ではあげられませんでした

やがて、猛烈な炎が迫ってきました。

御主人が「逃げてくれ」と頼みました

しかし、奥さんは「あなたを捨てて逃げられない」と叫びました

すると、御主人が静かにおっしゃったそうです。

「今まで、悪かった。僕は今までイエス様を信じなかった・・

でも、今は信じている。だから、天国に行ったら会えるんだから・・・(疎開している)子供たちのために生きてくれ」

奥さんは泣く泣くその場所を離れたそうです

しかし、その後理髪店を開かれていたその方は、ずっとその時の光景に苦しまれていらしたそうです

しかし、彼女はその証をずっと語られたのでしょう

「天国に行ったら会えるんだから・・・」

一人でも多くの方々にそのことをお伝えになられたかったのかもしれません。



また、ある一家は・・・

家の御主人が祈っていると「ここから出て行きなさい」との神様の御声を聞きました

そして、家族に「神様がここから出て行きなさい、仰せになられたのでお父さんはここからでて行く」

お父さんは、医療器具の販売をされていたそうです

御家族はぶーぶー文句を言ったそうです。

「お父さん、商売がうまくいっているのに、どうしてここから出来ていくの!」

しかし、お父さんの決意は固く「いや、お父さんはここから出て行く」

家族は文句を言いながら、お父さんについて広島の街を出て行ったのです

一ヶ月後・・・原子爆弾が広島の町に投下されたのでした



当時の広島にいらしたSDAのクリスチャンの方々は全員助かり、それから放射線の原爆症にかかることなく数十年にわたって主イエス様の大きな御力について今もなお証し続けれておられます。



他にも数々のイエス様のくすしい証が語られました

すると年配のクリスチャンの方も次々に証をお語りになられました

御仕事も数々成功され、その業界でNO.1に毎年表彰され続けられたそうです

その成功の秘訣を聞いてみると・・・

いくつか原則を話されたのち・・・

「わたしの力にはそんな力はないですよ。聖書から力をもらったんだよ」

「どんな聖句ですか」

「小さいことに忠実な者は、大きな事にも忠実である・・」



恵まれた1日でした

夕方家に帰って

朝の祈りに、その通りにお答え下さった主に心より感謝いたしました

救いの記念の塔

1945819
アメリカで二人の青年が強盗に入りました

彼らは捕まったのですが、隠し持ったピストルを使い、警察の車を奪って逃走しました

ちょうど同じ日スレーボー夫妻は、二人で真剣に祈っていました

かなり気にかかり、2度祈ってご主人は出かけられたのです



そのご主人の乗られた車と二人の強盗の猛スピードで走っていた車が正面衝突しました

スレーボー氏は片目の眼球が飛び出してなくなってしまい、耳はちぎれ飛び、

顎から、頭からひどい状況で病院に担ぎ込まれたのです

医師の診断は、人工眼球など準備されましたが、もう助からないとの状況でした



その時、教会の牧師さんたちが来られ、

ヤコブ書にある通り、油を注いで真剣に祈られました

祈られた後、そこ場所にいたすべての人は涙を流していたとのこと

そして、牧師さんが去られる前、「わたしはこの日を決して忘れないでしょう」と話されました。



さて、そんなことを知らない医師が病室に入ってきました

包帯を開けてみると、なくなっていたはずの眼球が元のもどっており

スレーボー氏が健康な体になっていたことを発見したのでした

医師はとっても落ち着いた方でしたが、「スレーボー氏は生きるよ。彼は生きるよ。」

と大変興奮して話していました。



ご主人は「何の痛みも感じなかった」と記録されています



彼は完全に癒され、病院をご退院されたのでした

そして、刑務所に入っていた青年たちに会いにいかれたのです

青年たちは、幼いころ両親が亡くなり、それまで人生のことをご夫妻に話されました

そして、刑務所の中で、聖書や「キリストへの道」を読むようになり、囚人たちと獄中で聖書研究会を開くようになり、改心することになります

たしか弟さんは特赦を受けて仮出獄をして、ご夫妻に引き取られ、牧師になるための学校に入ることになりました。



今もなお、自動車にひかれた方が、大勢のクリスチャンの方々の祈りによって奇跡的に回復して元気に生活られたおられたり、高速で交通事故にあわれ、車から飛び出し、木につるされる救急隊の方々が「助からない」と思ったほどになった方が、多くのクリスチャンの方々が必死になって祈られ、普通の生活をしているのを目の前に見ています。



聖書の中でペテロが剣で切り落としたマルコスの耳を元通りにされた御方は、67年前のこの時もまた同じように、ちぎれた耳ばかりでなく、なくなった目も、顎も、頭も、真っ黒になった手も・・・元通りにされただけでなく

青年たちや、獄中にいた囚人たちの心をも動かし、癒され、聖書に書いたある通り、希望と将来とをお与えになられました



「主が私たちを慰め、滅ぼす者の手から私たちを救われた際の記念の塔をながめましょう。神様は涙をぬぐい

痛みを和らげ、心労を除き、恐怖を取り去り、必要を満たし、祝福をさずけられたのですが、こうした神様のあわれみの数々を常に心にとめて自らを励まし、私たちの前途に横たわる残りの旅路を進まなければなりません。」

ふと、今まで主イエス様が癒してくださった数々の病の時の事を思い出し・・・
感謝の朝でした

毎日のパン

苦しい時に助けていただいたことは、忘れられないものです

3月11日の大震災・・・しかしその直後に 米、台湾、韓国、比、露、英、中、タイなどから、たくさんの援助物資、義捐金、援助部隊、そして各国からの励ましのメッセージなどなど・・・記録に取っていますが、今でも読み返すと感謝で感動します。

また、身近な所でも、宮城、福島の教会員に援助物資を送ることになった時、クリスチャンではない方から教会に多大な援助をいただいたことも心に深く残っています

「異教徒の中にさえ、親切心のある人たちがいる。いのちのみことばを聞かないうちから彼らは宣教師たちと親しくなり、自分自身の生命の危険をおかしてまで宣教師たちに奉仕した。異教徒の中には、知らないで真の神様を礼拝している人たち、すなわち人を通して光を与えられたことのないひとたちがいるが、それでも彼らは滅びないのである。」(各希下p108)との言葉を思い出します。

また、今年は、多くの人々が「当たり前であることを幸せ」について語られていました

ある時、おばあさんとお孫さんたちが、食べ物がなくて非常に困っていました。

そこで、みんなでお祈りをしました。すると一人の女の子が「神様、私たちはパンを必要としています。それも小さなパンではなく、大きなパンを必要としています。」と祈りました。夕方になりました。何事も起こりませんでした。おばあさんはお孫さんを失望させたかもしれない、と思われたとか。しかし夜になって寝るころになった時、家の戸を叩く音がしました。それはおばあさんの知り合いの方でした。おじさんは集まってきた子供たちに言いました。「おじさんが何を持ってきたか、わかる?」すると女の子が

「大きなパン!」と言いました。おじさんは、外套の中から大きなパンを取り出して、子供たちに手渡したのでした。

100年前のロシア革命の時の証です。

しかし、このパンの奇跡は毎日起こっています。「私たちの日ごとの食物をお与えください」との祈りに答えて、イエス様は今日も、畑に奇跡をおこなっておられる。」

ある人は、朝起きて、蛇口をひねる、水が出る。感謝!と証されていました。

「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない。」マタイ10-42

イエス様は、海や、川、湖、また全宇宙を御創りになられた御方でいらっしゃいますが、たった一杯の水でさえも・・・覚えておられる御方でいらっしゃいます。

「すべての事に感謝しなさい」

「すべての事」を一つ一つ数えていくと、驚くべき神様のお恵みにびっくりします

私はあなたのために祈っている

場所は、北朝鮮・・・時は第二次世界大戦の時でした
旧日本は、クリスチャンに神社礼拝を強制し、従わないクリスチャンに大迫害しました

その渦中にあって、北朝鮮のクリスチャン女性は、日本軍部に刑務所に入れられてしまいます
しかし、彼女はその刑務所にてたくさんに不思議な神様の御業を経験し、
多くの大変な犯罪を犯した女囚たちをイエス様の尊い救いに導かれるのでした
しかし、彼女は北朝鮮の極寒のため、失明しかかります
すると、軍部は彼女を牢獄から出してくれることになりました
彼女は悩みます。同胞のクリスチャンたちがなおも拷問を受けながら牢獄にいるのに
自分だけ出てもいいものか。それとも神様の救いなのだろうか・・・
出獄の日、同じくクリスチャンの彼女の母が、待合室に待っていました
彼女は感激して、合うと、お母さんは
「同じ同胞の仲間が苦しんでいるのだから、お前だけ出てくるのはおかしい」と彼女に牢獄に帰るように言ったのでした。
彼女は、お母さんのその言葉が、悩んでいる自分に対する、まるで神様からの声のように思え、とっても感謝し、喜んで牢獄に戻る決心をしました。
すると・・・彼女はお母さんの視線の焦点があっていないことに気づきます
彼女のお母さんは、失明していたのでした。
お母さんは言いました。「出獄しても、食べ物もないし、みな野草を探して飢えをしのいでいる状態なのです」
そして、静かに言いました。
「お前は、体が弱いから、私は真夜中、刑務所の塀の外に立って、お前のために祈っているんだよ。」

 厳寒の夜、たった一人で、刑務所の外の塀の前で祈る母・・・
その姿を思い、彼女は牢獄に戻る途中、涙が止まらなかったそうです

 終戦して、彼女は牢獄から出されました
彼女が日本を恨むことはありませんでした。
戦後、日本に来て、日本の人々のために
主イエス様の尊い救いを宣べ伝えられたのでした