さて僕も、医療のはしっこにちょっぴりひっかかっている者ですから、親しい人でタバコをのんでいる人がいると、「タバコは良くないよ」と言います。しかし、今までひょっとして一人もも?止めてくれた人がいません。まさに、「おちこぼれ」です。
僕の恩師は、クリスチャンではありませんでしたが、「おちこぼれ」よりはるかに優しい先生でした。授業中、ポケットにタバコを持っている学生がいると、ポケットのタバコを取って「なんだ、これ!」と叱る方でした。隣の棟でタバコを吸っている学生を見ると、すぐに飛んで行って叱っていました。道端で歩いている学生がタバコを持っているとその場所でも叱る先生でした。
先生は外科医で、長い間肺がんの患者さんと一緒に癌と戦ってきた医師でした。「タバコから生じる肺がんは小細胞癌と言って、とっても悪性なんだよ」と力をこめて講義されていた姿は忘れられません。皆から恐れられていましたが、優しい先生です。
しかし、学生は結構、隠れて吸っていました。
教会の先を行くクリスチャンの方はタバコを吸っている若者には、「吸え、吸え、どうせ吸うなら、一本、二本じゃなくて、一度に十本ぐらい、耳にも、鼻にも入れて吸え!」とおっしゃります。そして、「でも、肺がんになるよ」と。
教会みんなで旅行をするときも、晩酌をする未信者の方が一緒にいらっしゃると食事の時、お酒をつけてあげます。すると、「いや、みなさん飲まれないので」と快く飲まれません。
脳腫瘍でヘビースモーカーのある若者が教会に来ました。クリスチャンの方は、その若者のため、毎日会席料理のような食事を毎日作られました。そして、仕事を整え、服を買ってあげ、靴をそろえ、生活を整えられました。そして、仕事が嫌いな彼のため「これほど祈ったことがない」とおっしゃるほど祈られました。すると、脳腫瘍は治り、タバコも「禁断症状なし」に自然と「気がついたら」やめていました。
あるところに、一人の「飲んだくれ」がいました。ある時、滅茶苦茶酔っ払って、その勢いで教会の講演会に飛び込みました。そして講演会中、真ん中のストーブのそばで気持ちよく寝てしまいました。講演会が終わり、みなさんが帰られました。牧師さんが、その男に近づくと、その男が言いました。「さあ、酔いもさめたし、帰るかな」。その時、男が言いました。「俺は、どうしても酒がやめられないんだよ」。牧師さんは「お祈りしましょう」といい、二人でお祈りしました。お祈りが終わると、男がお祈りの仕方を教えて欲しいと言いました。牧師さんが教えると覚えられなかったので、「もっと短く」と言いました。牧師さんが短くすると、「もっと短く」と言いました。
とうとう、ヨハネによる福音書3章16節、「神様はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛してくださった。それは彼を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。アーメン」になってしまいました。
男が家に帰りました。いつもなら玄関をダーン!蹴っ飛ばして入ってくるのが、この夜はそろそろ・・・。奥さんがびっくりして、「あなたどうしたの?」。
「俺は変わった、今日から変わった」。
奥さんはますます心配して、「お父さん、確かに変わったよ、どうしたの?今日は早く休みんだら?」。
「その前にお祈りだ」。
家族はもうびっくりでした。
そこで男は家族と一緒にひざまづきお祈りしました。「ヨハネ3章の16節。アーメン」
次の日、仕事の帰り道 いつもの酒場の道に彼は行きませんでした。「おーいオールドジョン!道間違えたか?」。仲間が酒場から大声で呼びました。男は答えます。「おれは、オールドじゃないよ。ニュージョンだ」。
彼は教会に行きクリスチャンになりました。
イエス様は、人の心も・・・癒してくださいます
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