「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」とは主イエス様のお言葉ですsしかし、教会もまた、休暇のないところです。
毎日、夜10時まで開かれていて、どのような人が何時来ても良いようになっています。
困っている人が来ると、「いつでも電話していいよ」とおっしゃいます。
灯台はいつでも灯りをともしていることに意義があります。
「クリスチャンよ、イエス様の光はあなたから輝きでるのを決して忘れないでほしい。」
え~!毎日?
その献身的な姿は目に焼きついています。人が正しいことをしたいと願うのは、そのような姿を見るからなのかもしれません。
聖書の中に書いてあるイエス様のお姿 「彼は自分の魂の苦しみにより、光を見て満足する。」
ひょっとして、その光って、罪深い僕が悔い改める姿なのかなと思うと心に熱いものがこみ上げてきます。
多くの人が、自分の楽しみ、自分の人生、娯楽などに打ち騒いでいるとき、人の幸せのために生きる姿、それはなによりの説教です。
病院では病気の人は戦いです。それこそ休暇がありません。また、人生に絶望していたり、死んでしまいたいと思ったり、いじめられたりしている人々もまた戦いです。休暇はありません。少なくとも自分の場合はそうでした。
その中で、絶えざるお祈りのおかげで何度助けていただいたかわかりません。
教会ではバスで伝道旅行に行くときがあります。未信者のご家族の方々と一緒に交えての旅行です。みな、楽しく歌を歌ったり、証をしたりしていきます。皆で周りの景色に感動したり、とっても楽しい旅行です。
皆さん、楽しそうにされていますが、信仰の先を行く方々は、心の中ではその間、ずっと祈っていらっしゃいます。
さあ、ここまで書くと、「えー!たいへーん」となるでしょうか。
「伝道は最高のリクリエーションである」と有名な言葉があります。
証しているときや、人がイエス様の証に感動してくださる姿、涙ぐんでくださる姿、人生の重荷が軽くなる姿、それを見る喜び、それは最高級の“Re-Creation”(再創造)です。
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