今、NPOでペットボトルの蓋を集めて、それによってワクチンを恵まれない子供たちに届けようという運動があるそうです。
「お金を出せばいいじゃん」「どうせ、ほとんど誰かのポケットにはいってしまうよ」
ごもっともなお話です。
捨ててしまうゴミのようなペットボトルの蓋でも、「人を助けることができるんだ」「それならば、ましてや人間は、はるかに優れたものじゃないか」
僕の好きな言葉があります。「たとえ救われる人がたった一人だったとしても、イエス様は十字架の苦しみを受けられたであろう」
「あなたの努力が、99人の人から嘲笑や迫害しかうけなかったとしても、もし一人が救われたら、あなたは神様のために立派なことをしたことになるのです」
「もし自分がそのたった一人だったらどうだろう。100人分感謝しなきゃ・・・」
教会にいるといろいろな方々に出会います。才能があり、知恵があり、やさしく、「世の中で大成功するよ」と思う人。約束された将来、有望な地位を捨て、富や誉がいっぱいあった、あるいは用意されていた人生を捨てて、「人の救いのため」微笑みつつ生きている方たち。これも、またすごい奇跡です。
教会のため、人の救いのため、全財産、全時間かけて働いていらっしゃる方がいます。
ある時、その方に救われた人がこうたずねられました。「どうしたら、お返しすることができますか」
その方が微笑んでおっしゃいました。「あなたが幸せになることよ」
道端におちているペットボトルの「ふた」でさえ、ちいさな命を助けようとしています。
イエス様は今もなお、大勢の天使の方々、そして人間をお遣わしになられ、人を救っておられます。
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