2009年10月22日木曜日

「私たちの日ごとの食物」

イエス様が、5つのパンと、二匹の魚で5000人以上の人を養われた話、たぶん小さいときから教会で育った方なら、よく聞かれた話、子供の絵本にもなっている奇跡です。
旧約聖書では、初穂のパンと、大麦のパン20個、新穀1袋により、エリシャさんのまわりにいた100人の人々を養われ、「彼らは食べてなお余した」と聖なる歴史に記録されています。

19世紀後半の方の証によると、「神様は、その後の歴史においてもたびたびそのような御業を現してこられた。」たぶん、孤児院に食べ物が窮乏したとき、お祈りによって食料が届けられた話などなど、「あったなあ」と思い出される方々もたくさんいらっしゃると思います。

小さな集会所で、講演会を開いた時、来られる方々は27人ということになり、教会の方々が夕食のため「おにぎり」を作られました。
しかし、実際に集まったのは30人・・・
「日ごろ、献身している人は、食べなくてもいいよね」なんて話していました。

さて、講演会が終わり、食事の時になりました。
一人一人に「おにぎり」が渡されていきます。
そして、さあ、お祈りして「いただきます・・・」

その時・・・「おにぎり」は毎日、献身していらっしゃるクリスチャンの方々含めすべての人の手に握られていました・

また、ある野外礼拝のとき、今度は教会でお弁当を作りました。この時も「おにぎり」
それをラップで1つ1つ包んできます。教会で敬虔なクリスチャンの当時、未信者のだんなさまが包んでいきます。ラップがわずかしかなかったので、他の教会員の方が、買いに出かけられました。ところがだんなさま「あれ?」「こりゃすごい」

もうわずかしか残っていないラップが・・・
なくならないで次々・・・しまいにはさすがのだんなさんも笑い出しました。
最後のおにぎりが包み終わった時、ラップは空になりました。
そして、自然公園に野外礼拝に行きます。礼拝も終わり、食事時・・・
なんと、多くの方がお弁当を持ってきていませんでした。
敷物をひいて教会で作ったお弁当を開きます。
すると・・・みんなおなかいっぱいに食べ、なおかなりたくさん余ったので家々にお土産にもっていかれました。

さて、たしかある正月、「うどん」をみんなで食べることになり、数々の具を用意する方々、「つゆ」を用意する方とそれそれ分担されました。
そして二人の人が「うどんの麺」を家から用意してくることになりました。
さて、みなさん、集会が終わり、いよいよ食事、おつゆはOK,具もOK、いよいよ「うどん」・・・

「あっ!」一人の人が忘れてきたことに気づきます。
「こりゃ、うどんが泳ぐようだね」と言いつつ、クリスチャンの方が「半分のうどん」でつくりはじめます。
すると・・・みんなによそわられた「うどん」はいっぱい!・・・あまるほどでした。

ある教会小学校の行事の時、教会の方々もそれに参加することになりました。
教会でお弁当をつくります。しかも、かなり豪華、お重に、いなりずし、おふかし、果物、などなどいっぱい持っていかれました。
さて、いよいよ食事の時、他教会の方々と久しぶりにお会いし、「ぜひ、食事も一緒に」ということになりました。しかし用意している方々は、知っていました。
「お皿の数がたりない」・・・・

しかし、お皿が配られると、すべての人が足りていました。

教会に帰って・・・クリスチャンの方々は、お皿を数えられませんでした。
「数えないのよ・・・」と静かにおっしゃっておられました。

ある教会学校では、生徒たちとの食事のとき、間違って一人分多く並べてしまっても、経験のある方は、静かに落ち着いておられます。

すると・・・
誰も知らない思いがけないお客さんが来られます。まるで、神様が食事を用意してくださっておられたかのようでした・・・

教会のクリスチャンの方々は、決して驚いたりされません。厳粛でうやうやしく、静かに証していらっしゃいました。
このような話をすると・・たぶん長い間信仰を持ってこられた方々は、
「そうねえ」と次々と証を思い出されると思います。

「イエス様はたびたびこのような御業を現してこられた」からです。

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