「夜が暗ければ暗いほど、星は美しく輝くのである」
世の中、真っ暗・・・。
あちこちにため息や、失望の声が聞こえます。
さて、ある普通の演奏会の指揮者のあいさつ文、読んでいくと・・・
親しい友人が・・・「この人きっと隠れキリシタンだよ・・・」
そもそも曲名は「ヨハネ受難曲」、その演奏会では御言葉は公然とそして純粋に証されていました。
ある営業さん・・・「僕は、いつもかばんの中に聖書を持ち歩いているんですよ。そして仕事先で『こいつ憎い』と思うと読むんです。」
周りの方々に小さな証を話していくと、とっても驚くことがあります。みなさん、かなりキリスト教と密接につながっていることです。ミッションスクール、幼稚園、親戚、友人・・・。もちろん黙っていれば誰もわからない・・・。しかし、話を聞いてみると・・・ある方の机の中には、いつも聖書とリビングバイブルがあり、事務所の名前は「祈りの部屋」と名づけられたとか、そして、「僕はクリスチャンじゃないけど、キリストを信じている」とみんなの前でおっしゃったりするようになられました。
ある在宅酸素療法の営業さんはとっても忙しいお仕事の中、おじいさん、おばあさんに時には何時間も???話を聞いてあげて、そのため?毎日、仕事が終わるのは夜の12時・・・。
しかし、休日はダウン症の子供たちのため、ボランティア活動へ行かれています。部下がミスをしても、「俺たちの教え方が悪かったんだ」と上の人に謝りにいかれます。
そして、仕事もとっても重要な職責を任されていらっしゃいます。
また、ある方は困っている人には病院の社会相談室の仕事の範囲を超えて、親身になってその方の生活や、様々な悩み事に関わり続けられています。仕事を失って困っていたら、「あげるつもりで」100万円、ポンと渡されます。当然、家族からは反対と文句の声「返ってこないよ・・・」。
しかし、そんなことはおかまいなく、にこやかにされています。お金を借りた相手の方は、一生懸命働かれました。そして、そのお金を「そのまま」返されたそうです。
「こんなに信用してくださって・・・」と感動され、勇気が与えられ、仕事を見つけ、働かれたそうです。そして、そのお金には「とっても手がつけられたかった」そうです。
ある方は、身内の女の子が、友達に悪魔の業をかけられ、失神し、男の声で話すようになります。そして学校の先生は怖くなり逃げてしまいます。しかし、その方は、「悪魔はイエス様のお名前が怖い、感謝の心が嫌い、イエス様にお詫びする心が嫌い」そして「イエス様お助けくださいと祈ること」、との話を聞き、そして「イエス様は悪魔に対して絶対的支配力を持っておられる」と聞くと、さっそく女の子に教えられます。
するとある日ニコニコして「とっても元気になったよ」と明るくおっしゃっておられました。そして、「その子が来たら、わたしにはキリストがついているから大丈夫、と言ってあげな!と言ってやったの」と明るくおっしゃっておられました。
何か信仰深い牧師さんが悪魔を追い出された話は聞いたことがありますが・・・普通の人が??
「『イエス様お助けください、私たちは死にそうです。』この叫びをあげて顧みられない魂はない。」
「主の名は堅固なやぐらのようだ、
正しい者はその中に走りこんで救いを得る」
「エッサイの根から芽が出て、
異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。
異邦人は彼に望みをおくであろう。」
「あなたがたは、世の光である」との救い主のみことばは、主の弟子たちに世界的任務がゆだねられた事実を示しています。キリストの時代には、神様のみことばの守り手に任ぜられた者たちと地球上の他のすべての国々との間に、利己主義、高慢、偏見が、強く高い障壁を築いていました。しかし救い主はこのすべてを変えるためにこられたのです。人々が主の口から聞いたことばは、彼らがいままでラビから聞いてきた事とまったく違っていました。キリストはへだての壁、利己主義、国民と国民をへだてる偏見を打破し、人類全体に対する愛をお教えになっています。主は利己主義が規定する狭い囲いから人々を引き上げ、すべての国境線や社会の人為的差別を廃されます。主は隣人と見知らぬ他人、また友人と敵の区別をなくされます。そしてわたしたちにすべての困窮者を隣人と見、世界をわたしたちの伝道地とみなすようにお教えになっています。」
すべての出来事は、僕自身の心の中にある国境線や偏見を壊し続けています。
エリヤさんが主を信じる人を数えられ、「たった一人」を思われていらした時、主は憐れみ深く、「バアルに膝をかがめない」7000人の方々のことをお教えになられました。
「この世では少数の人々と歩むと思えても、・・・天では大多数となるのである」のような証しもあったような・・・。
本物のクリスチャン、そして隠れクリスチャンの方々は・・・今もなおたくさんの世の人々の幸せのため、信じられないくらい数々の素晴らしい働きをして、天に宝をたくわえています。
「しかし、キリストに従う者は、自分たちの望みが絶たれたのではないか、神様は地をお見捨てになったのではないかなどと恐れるべきではありませんでした。力と栄えとは神様に帰し、神様の偉大な目的は、何ら妨げられることなく、その完成へ向かって前進するのです。日ごとの必要を言い表す祈りの中で、キリストの弟子たちは、悪のあらゆる支配を越えて、万物の主宰者であり、彼らの父であり、永遠の友である神様を仰ぎ見るように命じられているのです。」
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